川、照り映え

隅田川沿いに住む壮年が綴る身辺雑記

触知

f:id:guangtailang:20200207131341p:plain5日。『こおろぎ』(青山真治監督・2006)をDVDで。西伊豆の安良里が舞台。地図で見てもわかるが、この港は駿河湾から深く切れ込んで、周囲を山に囲まれ、いかにも天然の良港という感じ。西伊豆は去年ドライブしたが、断崖にへばりついた狭隘道路を上ったり下ったりする中で、こじんまりとした漁港が見下ろせたり、高低差の趣きある景観が楽しめる。カーブの先の岸壁に建つレストランで殻の硬いエビを食ったな。富士山は曇っていて見えなかった。【以下、役名では呼ばす、俳優の名で呼んでいます】

f:id:guangtailang:20200207131455p:plainロイ・シャイダーのような風貌にも見える山崎努。当時、70歳くらいだが、この人は常に泣く子も黙る役者という感じがする。食事のたびにシャツをべちょべちょに汚し、同居する娘のような年齢の女が新しい白シャツを用意する。

f:id:guangtailang:20200207131528p:plain空洞のような眼。口もきけぬ。ただ、触知する。

f:id:guangtailang:20200207131605p:plain安藤政信伊藤歩。美男美女と言わざるを得ない。安藤のつなぎ、伊藤のカーボーイブーツ。

f:id:guangtailang:20200207131652p:plainこの映画では鈴木京香が実に美しく撮られているのだが、それは若くみずみずしく撮られているというわけではない。劇中でも伊藤からおばさんと呼ばれるが、やや薹が立った女のなまめかしさ、倦怠が物質的に美しく撮られている。若い女じゃ、こうまで黒衣は似合わない。

f:id:guangtailang:20200207131738p:plain伊藤は何者だったのか。山崎は何者だったのか。こおろぎの化身でいいじゃないの。前半におもしろみを感じる者にとって、山崎と鈴木の淫猥な交接をねっとりと観ていたかった。後半に出てくる隠れキリシタン伝説はとってつけたよう。いわくありげな安良里の由来、ケレン味たっぷりの洞窟や船の舳先やポルトガル語。去年、雲見港に迷い込んで死んだセミクジラの骨格標本を見たが、クジラの化身もおもしろいなとふと考えた。

f:id:guangtailang:20200207131815p:plainとはいえ、妙な印象を残す映画ではあった。最後、山崎親子の娘が父を見上げる。