川、照り映え

隅田川沿いに住む壮年が綴る身辺雑記

双眸

f:id:guangtailang:20191213195255j:image根津仁香(じんか)著『根津甚八』(講談社)読了。

11月27日の雑記で根津甚八について触れたが、その後どうしても彼のことが気になり、古書で購入し、一気に読んだ。妻が書いた夫の伝記。さまざまな病を患った末、ほとんど外出もしなくなった根津に妻が自伝を書くよう勧めるのだが、彼は首を縦に振らず、じゃあ代わりに私が書くというと、それについては承服するのだった。妻のしなやかで達意の文章がどんどん頁をめくらせる。状況劇場はじめ、根津の若かった頃を知るひとびとに妻は会い、根津甚八とはどんな役者だったのかを訊ねて歩く。15歳の年齢差がある妻は根津の役者としての全盛期をほとんど知らなかった。私とて根津の名を世間に知らしめたNHK大河ドラマ黄金の日日』(1978)を観ていない(根津は私の父親と同世代だ)。読んでいくと、根津はかなり早い時期から病に悩まされていたことがわかる。他方で、根津甚八は双眸で語る役者であることもわかる。その大事な眼の片方が病に侵されるのだ。やがて精神も病むことになる。痛恨の交通事故を起こすが、遺族の方から優しい言葉をかけられていたことをこの本で知り、私は安堵した。本の最後の方で、妻は根津甚八の名付け親である唐十郎に会い、話を訊く。それは根津自身もっとも望んでいたことでもあった。そのために根津自ら唐に手紙を書いた。プロローグとエピローグには根津が1日のほとんどを過ごす自宅のリビングが出てくる。本文中に十数枚程度の白黒写真が挿入されるのだが、リビングのソファに座る根津を背凭れの後ろからみつめる妻の写真に、この本のエッセンスがあらわれている。そして、最後は根津自身の文章で締め括られる。f:id:guangtailang:20191213204634j:image