川、照り映え

隅田川沿いに住む壮年が綴る身辺雑記

堂々たる蓮っ葉

にっかつロマンポルノ、『黒い下着の女』(1982・監督 斉藤信幸)をFANZA動画で。秀作。ところでMovie Walkerも映画.comもそうなのだが、記載されているストーリーと実際の内容が違う。特にラストが。この映画に限らず、ロマンポルノでたびたびそうである。当初の脚本のあらすじをそのまま載せ、どこかの段階でそれが監督や誰かによって改変され映画が完成した結果、そうなるのだろう。機会だから、以下に見てみよう(Movie Walker、映画.com〔以下、映画情報サイトという〕ともに文章は同じ)。

「吉崎麻美は会社の金、五百万円を横領して恋人のマモルと、東京の友人、安本の下宿に逃げ込んだ。スナックに勤め始めた麻美は、そこで名も知らぬ男や家出した妻を捜す須藤と知り合った。客の男たちと夜を過ごし、下宿に帰らない麻美にイラつくマモルも、近所のラーメン屋の店員、トキ子と親しくなった。一方、いつもは男と寝ると金を貰う麻美も、須藤の事情には同情し、金に手を出さない。数日後、マモルの行動に不審を抱いた麻美は、トキ子のアパートをつきとめ、そこに押しかけると、そのまま住みついてしまった。翌日、麻美は須藤の妻、公子と出会った。不安になった公子は、駆け落ちの相手、蟹江と心中をしてしまう。トキ子にののしられた麻美は、マモルと一緒に、車を盗んで再び逃げだした。途中、男の子を誘拐すると、身の代金を要求した。しかし、パトカーの追跡に、気の小さいマモルはショック死してしまい、放心した麻美は、彼の名を呼び続けながら抱きすがるのだった。」【以下、ネタバレあり。役名を括弧に入れ、俳優の名で呼んでいます】

 冒頭、田舎の駅で倉吉朝子(麻実)と上野淳(マモル)がベンチに座ってタバコをふかしながらぼそぼそ喋っている。その内容から倉吉が会社の金を横領し、予備校生の上野を道連れにしているのが知れる。上記映画情報サイトには「恋人」とあるが、ふたりは不釣り合いなカップルだ。倉吉が自分の犯罪を手伝わせるのに手頃な相手を選んだという面もかなりあると思う。それを裏付けるように、のちに上野がなんでおれやったんやというような言葉を吐く。ただ、恋愛感情がないかといえば、そうでもない。互いに嫉妬心をみせたりもする。あるいは行動をともにするうちに情が移ったか。

「何しでかしたかて、最後は死ねばええのや」。そう倉吉は言い放つ。とにかく全編を通して彼女の存在感が圧倒的だ。顔立ちは整っているが蓮っ葉な言動を繰り返し、それにぐいぐい引き込まれる。この女優、映画1本で僕の脳裡に深く刻み込まれた。東京に逃避する電車に乗り込み、狭い便所で交接していると、鞄の中の札がはらはら降ってきて銀色の便器に流される。石黒ケイの「ストーリー」というちょっと物悲しい歌謡曲が流れ、これがまた印象的で耳に残る。

f:id:guangtailang:20190706014639p:plain東京の友人の家にふたりして転がり込み、上野がヘッドフォンを耳に当てているあいだ、倉吉は友人と交接する。事が終わると、上野のヘッドフォンをはずし、裸でヘッドフォンを当てる。

f:id:guangtailang:20190706014747p:plain早くもスナックで働き始め、客の男たちとも気安く交接する倉吉。朝帰りをする途中、ヒールの踵が壊れ、橋の欄干に打ちつける。いかにも水商売といった感じのすさんだゴールドの外套。

f:id:guangtailang:20190706014834p:plainしかし新聞に倉吉の横領事件の記事が載ってしまい、スナックを馘首される。その次の場面がこれである。大股開きで建設途中の道路脇に腰掛ける倉吉。石黒の「ストーリー」が再び流れ出す。画面がどんどん俯瞰になっていく。馘首されたあと、これほど不敵でかっこいい映像があっただろうか。少なくとも僕は知らない。

f:id:guangtailang:20190706014908p:plainf:id:guangtailang:20190706014933p:plainf:id:guangtailang:20190706015010p:plainf:id:guangtailang:20190706015057p:plain倉吉の下を離れ、ラーメン屋の女店員のアパートに転がり込んでいた上野。その場所を見つけ出し押しかけた倉吉は、交接するふたりを眺めながら王冠を両目にあてがう。そしてそのままアパートに住みつこうとする。とにかく蓮っ葉が堂に入っており、芋学生の男たちやラーメン屋の店員では手玉に取られてしまうのだ。 

f:id:guangtailang:20190706015125p:plainたまたまアパートの先でスナックの客のひとりが捜していた彼の妻を見つけた倉吉。自分も博多にいたことがあると、妙な博多弁を披露し、妻をからかう。この後、妻は駆け落ち相手の錆堂連(蟹江)と心中してしまう。このあたり、まことにあっけない。

f:id:guangtailang:20190706015157p:plain緑色のライトバンを盗んだ上野と倉吉はまたあてもなく逃避する。シートベルトもせず、運転席の方を向いてモデルガンを上野のこめかみにあてがう。時代的にまだシートベルト着用がうるさくなかったにせよ、実に放縦である。この頃からどぶ川に飛び込んだ上野の体調が悪化し、それが彼の死の引鉄となる。決して「パトカーの追跡に、気の小さいマモルはショック死してしま」ったわけではない。

f:id:guangtailang:20190706015224p:plain寒々しい高速道路の左方に遊園地のジェットコースターが見えてくる。

f:id:guangtailang:20190706015250p:plain遊園地であとをついてくる男の子をそのままライトバンに乗せたふたりは、誘拐ということにして、ラブホテルの電話から身代金を要求する。実に行き当たりばったりで計画性の欠片もなく、ことさら袋小路に向かっているのだった。そんな中でも体調の深刻な上野を温めるため、回転ベッドに川の字に寝る微笑ましい場面があった。

f:id:guangtailang:20190706015311p:plain遊水地のような場所で風呂敷に入った身代金を手に入れたあと(その場では中身を確認もしない)、道路標識に従いライトバンを走らせると道が失せ、先は海。文字通り袋小路に至る。この標識は警察が細工したもので、それをどかし、パトカーが突入する。

f:id:guangtailang:20190706015329p:plain最後は死ねばええのや、の言葉通り、上野は車中で病に斃れる。この時、たしかに倉吉は上野の「名を呼び続けながら抱きすがる」のだが、それで終わりではない。男の子を促し、車外に出る。倉吉は母親のように白のタートルネックにジャケットを羽織っている。すると男の子が、おじちゃんの目を閉じなくていいのなどと殊勝なことを言い、倉吉はその言葉を入れたように踵を返す。その瞬間、警察の放った一発の弾丸が彼女を撃ち抜き、その場に倒れる。銃声が遅れて響く。それをロングショットでとらえる。男の子は警察隊にバーン、バーンと叫びながらモデルガンを向ける。ここで終わり。

f:id:guangtailang:20190706015353p:plain倉吉の存在感が圧倒的だと書いたが、彼女の体現する空虚に逆説的に圧倒された68分だったかも知れない。

※倉吉朝子の他の出演作も観たくなり、続けて『絶頂姉妹 堕ちる』(1982・監督 黒沢直輔)を観たが、芳しくなかった。どうにも不徹底な感じがした。