川、照り映え

隅田川沿いに住む壮年が綴る身辺雑記

烏の濡れ羽色

道頓堀川』(1982・監督 深作欣二)をDVDで。前回観たのは15年くらい前だ。だから内容はほとんど忘れてしまっていたが、山崎努烏の濡れ羽色のような撫で付けられた髪と、結末のあっけにとられた感触は記憶に残っていた。私がまだ20代だったあの頃から、むしろこの映画の山崎努の年齢に近づきつつある現在に観直すということには個人的に意味のあることだ。【以下、ネタバレあり。役名では呼ばず、俳優の名で呼んでいます】

冒頭、公園で道頓堀川の絵を描いている真田広之のところに、和服姿の美麗極まりない松坂慶子が駆け寄ってくる。拾ったばかりの前足の片方が不具の柴犬を追って。この映画はいい意味で単純明快なのだが、松坂の顔に見惚れているだけでも2時間強が過ぎてしまう。彼女は真田にレモンを1個渡して、去っていく。しばらくあと、松坂のやっている小料理屋梅の木に真田が来店した際、レモンをかじると血がきれいになるような気がするよってとか言うのだが、この台詞は彼女が喋るより先に、そう言うなと不意に私は思い出した。何のことはない場面なのだが、記憶が呼び覚まされ、15年ぶりのこの映画に没入していった。

f:id:guangtailang:20190622202735p:plain茶店リバーのマスター、山崎努。『スローなブギにしてくれ』や『ダイアモンドは傷つかない』と同時期に撮られた本作だが、相変わらずの苦み走った顔で、今回は大阪弁を操り、魅力的だ。両親を亡くした真田はこの店でウェイターとして働き、2階に住まわせてもらっている。

f:id:guangtailang:20190622202814p:plain窓越しに対岸を入れたかったのだと思うが、おもしろい構図。夜になるとネオンライトが明滅する。

f:id:guangtailang:20190622202851p:plain千日前にあるビリヤード場、紅白。加賀まりこがママをしている。

f:id:guangtailang:20190622203008p:plain山崎努の息子、佐藤浩市がシャブ中のハスラー渡瀬恒彦と勝負する。真田は佐藤に連れてこられただけで球を突けない。今でこそ役者として重鎮感のある真田や佐藤だが、この映画ではまだヒヨッコといった風情で、山崎や渡瀬、加賀、柄本明などに囲まれて若者なりの勢いと軽みだけで勝負している感じ。ちなみに真田と佐藤は1960年生まれだから、当時はたちそこそこ。シャブ中の渡瀬の表情に瞠目せよ。

f:id:guangtailang:20190622203047p:plainこれが烏の濡れ羽色の髪です。

f:id:guangtailang:20190622203115p:plain山崎の自宅。男やもめの部屋で、漠たる哀感が漂うが整頓されている。ある種の断念をくぐり抜けているようで、私などは少し怖い。

f:id:guangtailang:20190622203157p:plainこの映画の中で美麗でない松坂の表情というものない。つねに美麗である。30歳で実年齢の役を演じている。彼女に言い寄られて惑溺しない若者がいるのだろうか。まあ、真田と松坂の場合、年齢差を超えて孤独を分かち合うという面が大きい。

f:id:guangtailang:20190622203236p:plainしつこいようだが、これが烏の濡れ場色の撫で付けられた髪です。個人的にはこの頃が山崎努の全盛期だと思っているんです。テレビドラマの『早春スケッチブック』(1983・脚本 山田太一)とかね。

f:id:guangtailang:20190622203302p:plain茶店リバーの2階。対岸のネオンライトが明滅する。若者なりの焦燥を抱えながら、将来への道筋も判然とせず、刹那的に酒を流し込み、他人(大人)を罵倒する。断念を知るには早過ぎる。佐藤の白い靴下の裏の汚れがそれを象徴する。

f:id:guangtailang:20190622203327p:plainしつこいようだが、この映画の中で美麗でない松坂の表情というものない。つねに美麗である。

f:id:guangtailang:20190622203406p:plain東京で開催されるハスラー日本一を決める大会に参加するための150万円を加賀に無心しようとして叱り飛ばされる佐藤。加賀の迫力に気圧される。それで佐藤は金を貸してくれそうなところを順に当たるが、親友の真田を利用したことから思わぬ結果を招く。

f:id:guangtailang:20190622203817p:plain真田や佐藤の高校時代のクラスメイトでキャバレー踊り子の古館ゆき。渡瀬の妻でもある。シャブ中の渡瀬が逐電し、佐藤に渡す金を届けに代理でリバーを訪れるが真田しかおらず、千日前のビリヤード場に行けとすげなく言われる。すると、花がきれいだと店の奥に上がり込み、有線のボリュームを上げてと言うと、素っ裸になってカウンターに上る。そして、一度やってみたかったと激しく踊りだす。呆然とみつめる真田。この映画の大きな見どころのひとつである。そのうち叫び声をあげ、気が狂うてしまうと喚く。慌てて音楽を止める真田。頽れる古舘を介抱しながら、道頓堀を卒業しようと言い合う。

f:id:guangtailang:20190622203855p:plain薄明の道頓堀でふたりは反対の方向に向かって歩き出す。真田はリバーを辞め、古館は大阪から出立するだろう。

f:id:guangtailang:20190622203931p:plain流しの柄本。佐藤から性の奥義を知る人物とされる。ゲイボーイのカルーセル麻紀と同棲しているが、彼(彼女)を邪険に扱ったことにより、終盤、刃傷沙汰となる。

f:id:guangtailang:20190622204004p:plain球を突くことをやめていた元ハスラーの山崎が、再びキューを握る。貫禄十分。

f:id:guangtailang:20190622204028p:plain昔は銜えタバコで突いていたと加賀に言われ、だんだんと昔を思い出していく。そして終盤、父と息子の哀しいナインボールは思わぬ決着をみる。この頃の山崎と佐藤の格の違いを見せつけられるようだ。『魚影の群れ』(1983)でも佐藤は、緒形拳とのあいだで格の違いを見せつけられる。

f:id:guangtailang:20190622204111p:plain真田を探し出した松坂は、彼が美術学校を卒業するまで同棲しようと懇願し、真田は承諾する。彼女は梅の木を手放し、マンションの一部屋を買っていた。しかし、このあとあっけにとられる展開が待っているんだ。カルーセルと柄本の刃傷沙汰に真田が巻き込まれる。一途に真田を待つ松坂の横をサイレンを鳴らしたパトカーが通り過ぎる。いなくなっていた柴犬は見つかったのだが。

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