川、照り映え

隅田川沿いに住む壮年が綴る身辺雑記

コキュの屋上でする壁当て

『ダブルベッド』(1983・監督 藤田敏八)をDVDで。観るのはもう3回目くらいだが、前回観たのはだいぶ前だ。あらすじはいちばん下をみて頂くとして、この映画の岸部一徳柄本明は30代半ばで演じているので、現在のおれよりかなり若くて、80年代初頭の風俗とともに、その感慨にもひたりながら観ることになった。【以下、ネタバレあり。役名では呼ばず、俳優の名で呼んでいます】

大学時代の友人の葬儀に参列した帰り、電車で会話する岸部と大谷直子の夫婦。この映画の大谷は実に大胆なのだ。髪型がソバージュということを考えると、野性的といってもいいかもしれない。欲望が理性を踏み越えるのだ。

f:id:guangtailang:20190529190415p:plain柄本明石田えりカップル。今でこそ貫禄がついているが、この当時の石田は23くらいで、岸部や柄本より一回り若い。可憐な感じである。ちなみに、岸部の職業がテレビディレクター、柄本が作詞家というのがいかにも80年代っぽい。それで先ほどの死んだ友人というのが教え子の中学生と心中したのだが、かつて学生運動の活動家で、岸部と柄本はふたりして、あいつはゲバ棒持って死ぬと思ってた、あれで死ねなきゃもう生き続けるしかねえのにな、などと云い合う。ここからもう少しするとコピーライターとかも出てくるわけだ。

f:id:guangtailang:20190529190448p:plain石田の妹、高橋ひとみ。スレンダーで、しかし肩幅のしっかりあるスポーツ少女のようで、これまた可憐である。この姉妹はいいですね。柄本が岸部・大谷夫婦のマンションを後にし、狭山の自宅に向けたタクシーを浜田山に変更する。そこに石田・高橋姉妹のアパートがあるのだが、石田は不在で、高橋が応接する。柄本はあっちにふらふら、こっちにふらふらの実にだらしのない男を演じているが、これが見事にハマっている。

f:id:guangtailang:20190529190519p:plain奇妙な間取りの夫婦のマンション。キャスターのついた革張りの椅子を置いてみたり。壁もオフィスじみて殺風景な模様だ。当時からリノベーション(用途変更)をやっていたのかしらん。

f:id:guangtailang:20190529190555p:plainイカを持参し柄本の一軒家を訪れる石田。庭で頭を掻きながら作詞している彼をみて胸キュンの彼女はホースでいたずらし、柄本のシャツがびしょびしょになってしまう。シャツを脱ぐと露わになったのはビルドアップされた躰だ。だらしないようでいて、引き締まっている彼にさらに胸キュンな石田。

f:id:guangtailang:20190529190632p:plain夫婦の住むマンションの共用廊下からの風景。

f:id:guangtailang:20190529190711p:plain柄本はそこを訪れ、岸部が出張に行っているのをこれ幸いとばかりに大谷とベッドでやりまくる。大谷も欲望のままに応じる。というか、大谷の方が燃えている。窓の外はいつのまにやら雨模様だ。汗みずくの大谷はシャワーを浴びにいく。と、玄関のドアノブをガチャガチャ廻す音がする。雨で仕事が中止になり、岸部が予定を早めて帰宅したのだ。チェーンがかかっているので一旦諦めた岸部だが、すぐに電話が鳴る。岸部が再び上ってくるまでのあいだ、大谷と柄本はなんとか取り繕おうとする。さんにんで乾杯。一気にビールを飲み干すと、柄本は即座に席を立つ。岸部は寝にベッドへ向かう。大谷は気づく。ベッドの乱れがそのままだ。彼女が寝室のドアを開けると、ベッドの端に座り無言で俯く岸部の姿があった。

f:id:guangtailang:20190529190736p:plainある人がコキュとなった場合、いかなる心理によって、どのような行動をまずはとるべきか。さまざまな選択肢があるだろうが、岸部は雨のはげしく降る屋上に上り、立てかけられた卓球台に向かって一心不乱に壁当てをするのだった。初めてこの映画を観た時から、この場面は特に印象に残った。今回観直して、もしおれがコキュとなったならば、かくありたいという思いを強くした。

f:id:guangtailang:20190529190802p:plain変な角度で当たったことによりボールは高く跳ね上がり、建物脇の雨で濁流と化した運河にゆっくりと落下していく。

f:id:guangtailang:20190529190827p:plain爾来、大谷のことを責めようとしない岸部。彼女は柄本の家に身を寄せる。ある日電話が鳴り、岸部が大谷を出してくれというが彼女が拒否し、柄本が話し合いにマンションを訪れる。会話の一部を再現します。

岸部「おまえは遊びなんだろ?」

柄本「おれ、それがわからねえんだ… 一度だけなら過ちとか遊びっていえるんだけど」

岸部「惚れてんのか?」

柄本「好きだよ。いい女だと思う」

岸部「おれが別れたら一緒になんのか?」

柄本「別れんのか?」

岸部「いや、おれは別れない」

柄本「赦すのか?」

岸部「しょうがねえだろ。おれだってきれいだったわけじゃない。10年だぞ。その前を入れりゃもっとだよ。この家のローンだって残ってる。子供だっているんだよ。そう簡単にぶっ壊すわけにはいかねえんだよ」

柄本「惚れてんのか?」

岸部「そんなんじゃねえんだよ、夫婦ってのは。血のつながってない赤の他人が何年も一緒にいるんだぜ。惚れてるなんてことじゃ一緒にいらんねえんだよ」

柄本「おれはそれがわからねえんだ」

岸部「結婚してみりゃわかるさ」

柄本「あの女(ひと)、別れたいっていってた」

岸部「おれは別れない」

柄本「そういうよ」

岸部「おまえはどうしたいんだよ?」

柄本「あの女(ひと)と… やりたいんだ。やっていたいんだ。それだけだ」

岸部〔ふっ、と苦笑いしてグラスを手に持つと、次の瞬間、中身の水割りを柄本の顔にぶちまける〕「…他人(ひと)の女房… ばかやろう…」 

f:id:guangtailang:20190529190902p:plain業を煮やし、ついに柄本の家を訪れる岸部。柄本は不在で、彼の服を着た大谷がいる。マップ・オブ・ザ・ムーン。頭を下げて帰ってくるよう頼む岸部だったがそのうち激して、この売女が!と罵りながら尻を剝き出しにして襲いかかる。

大谷は家庭には戻らず、出前の若い男を誘惑し、彼のバイクの後ろに跨って、郊外の一本道をどこかに向かって走っていくだろう。みるみる小さくなるその後ろ姿を俯瞰でとらえながら映画は終わる。

f:id:guangtailang:20190529190928p:plain柄本の一軒家。宇崎竜童の音楽も良い。

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