川の照り

隅田川沿いに住む壮年が綴る身辺雑記

シーチュアンコウの宵

2日夕、西川口福建料理の店で友人ににんと待ち合わせ。この店はHさんが仕事仲間とよく来るらしいが、私は初めて。食べログの画像でなんとなく知っていたが、入ってみるとテーブル3席のこじんまりとした店だ。

f:id:guangtailang:20190303002633j:image今回の主目的である海蛎饼(ハイリービン)を食べる。まずは何もつけずに賞味することが推奨されているのでそれに従い、そののち、各自好みで辣油や醤油や酢をつける。福建料理一般にそうだが、あっさりした味付けで海鮮の風味が香る。揚げ物の海蛎饼もしつこくない。ありていに云って日本人好みだろう。

f:id:guangtailang:20190303002838j:image番薯丸(地瓜丸)。福建福清伝統的小吃。友人Jが去年夏に予約したジムニーが未だ納車されないことが話題に上る。彼はそれに铁头(ティエトウ)という愛称までつけて心待ちにしているのだ。色はジャングルグリーンである。それから、友人Sが大腸カメラの検査をした話になり、大量に飲む下剤の味が甘たるくて難儀した、ポリープが発見されたが即座に切除できたと云い、集まってこういう話をするようになると老いの兆候なのだろうと彫りの深い顔で自嘲した。

f:id:guangtailang:20190303002859j:image福建風ピッツァともいうべき肉チチミ。これも食べてみるとあっさりしているんだな。

f:id:guangtailang:20190303002916j:imageポップな白酒ともいうべき江小白(ジャンシャオバイ)を飲む。特有の芳香はあまり感じられず、アルコールの匂いが強い。小瓶に被せたカヴァーにポエムのような文が載っている。曰く、「懐かしむという気持ちは、過去にたくさんの良いものがあったということではなく、あの時にあなたがいたということです」(照訳)。ジムニーのJがカヴァーの狭い側面に江小白くんを見つける。なにせ、「我是江小白」と自己紹介しているのだ。

f:id:guangtailang:20190303002931j:imageミルクティを注文すると、ジェリーが入っている。Jはこれが龜ジェリーの可能性を指摘するのだが、はて龜ジェリーってこんなに無味無臭だったかしらん。

f:id:guangtailang:20190303003032j:image福建味肉付け。このメニュー名に、「どこで切るねん」とSが云う。食べてみるとこれも見た目ほど濃い味じゃない。あとから辣いけど。

f:id:guangtailang:20190303003054j:imageこの店は繁盛しているようだが、自分たちも含めて日本人のお客さんがわりかし多い。土曜日の宵だからか。席数が少ないのですぐには入れないお客さんもいた。ツイッターで日本語発信もしている店なのだ。海蛎饼を外帯し、近所のビール醸造所で頬張ろうと思ったのだが、高架の向かいにあるその店はシャッターを半分下ろし営業していなかった。それで駅前のカラオケ店に向かう。ここで私が思いつきで「縛り」を導入し、まずは女性歌手、それから昭和、雨、第一次バンドブームなど龜甲縛りした。唱いたい歌が自由に唱えず申し訳なかったが、たまにはいいんじゃないかと思う。

f:id:guangtailang:20190303092749j:imagef:id:guangtailang:20190303092758j:image帰宅しテレビを点けると、映っていた画面。みた瞬間にあそこだと思うくらい見慣れた風景。しかしこれは川の上から撮っているんだ。

f:id:guangtailang:20190303003138j:image2日昼。麻雀ゲーム機の座席で野菜トースト。奥の方でママの娘と見知らぬ中国人女性が口論しており、こういうのは大陸では日常茶飯だと思いながらもあまり長居できない雰囲気だった。それにしても娘は澄んだ高い声をしている。

f:id:guangtailang:20190303003122j:image帰り際、お土産を貰う。

f:id:guangtailang:20190303003200j:image3日夜、チャンネル銀河で松本清張原作「地方紙を買う女」(2007)を観始めてつい最後まで観てしまう。Wikipediaによればこの小説は今まで何度もテレビドラマ化されている。2007年版の主演は内田有紀さんで、芸能界に復帰して間もない頃だろう。彼女は私と同い年だからすぐ計算できてしまうのだが、30過ぎくらいで演じている。現在もこのドラマ当時と変わらないほど若々しいが、こちとら頭髪は薄く老眼で肥満気味なのだから雲泥万里とはこのことだ。それはそれとして、あまり私的な事柄に立ち入るのは憚られるが、内田さんは思春期の家庭環境が複雑だったようだ。高校時代の私が眺めたグラビアの彼女、躍動する日焼けした尻には陽気で健康的な印象ばかりがつきまとうのだが、それはキャンペンガールとして装われたものだったのだろう。何が云いたいかというと、このドラマの潮田芳子のような陰のある、不幸せを背負った人物を演じられる素地が実際の彼女にあったということだ。なぜ最後まで観てしまったかといえば、内田さんの憂いの表情が存外良く、髪も伸ばして、惹きつけられるものがあったから。かりそめにも女優であれば自分のパーソナリティにない役柄でも演じられるでしょうという人があるかも知れないが、それで主演をやるとなると説得力を欠く場合も多い。彼女の演技には孤影とでも呼ぶべき芯から滲み出る説得力があった。ちなみに原作は読んでいません。

f:id:guangtailang:20190303220525j:imagef:id:guangtailang:20190303220546j:imagef:id:guangtailang:20190303220601j:imagef:id:guangtailang:20190303220630j:imagef:id:guangtailang:20190303220645j:imagef:id:guangtailang:20190303220729j:imagef:id:guangtailang:20190303220741j:imagef:id:guangtailang:20190303220751j:image