川の照り

隅田川沿いに住む壮年が綴る身辺雑記

ぶどう団地

予報ではぐずついた天気になりそうだったのだが、カーテンを開けてみると晴れていた。藪塚の気持ちよい朝。

f:id:guangtailang:20180917090203j:plainf:id:guangtailang:20180917090241j:plainぶどう狩りに行く途中、当初から予定に入れていた足利市(14万7千人)の鑁阿寺(ばんなじ)、足利学校に立ち寄る。渡良瀬川を渡っている時、川面や緑が日光に輝いて素晴らしい景色だったが、運転中のため写真は撮れず。附近の無料駐車場に入れて車外に出ると、すでに気温は30度くらいあるように感じる。長袖を着てきたことを少し後悔する。

鑁阿寺にある樹齢推定550年の大銀杏。f:id:guangtailang:20180917090333j:plain足利学校孔子像。f:id:guangtailang:20180917085314j:image足利学校の庭園。f:id:guangtailang:20180917090621j:plain足利学校の壮年。f:id:guangtailang:20180917085553j:image栃木市(15万7千余人)の太平山山麓大平町ぶどう団地はどういう経緯で誕生したのだろうとWikipediaを覗いてみると、

「栃木県栃木市大平地域でぶどう栽培が始まったのは明治末頃であり、1971年(昭和46年)に着工した県営広域農道下都賀西部地区や圃場整備事業により規模が拡大され、1973年(昭和48年)に「大平町ぶどう団地」として完成した。」とのことで、なかなか歴史ある地域のようだ。変な話、ヤマカガシが有毒だと判明したのと同じ頃に、ぶどう団地もスタートしたのだな。県道の左右に繁茂するぶどう畑が見えてきて、受付はどこも賑わっている。初めて来たが、団地は観光農園としてかなりの規模のようだ。しばらく直進し、農園が途切れたところでUターン、昨晩調べた一戸のぶどう農園に向け、クルマを農道に入れる。f:id:guangtailang:20180917091113j:plain受付では、繁忙期のお手伝いと思しき男女の若人が忙しそうに動き廻っている。人出は足りているが、いまいち手際よく対応できていない印象だ。その中で日焼けした精悍な青年が我々に椅子を勧めてくれ、巨峰を1房テーブルに置き、ぶどうのシャーベットまで出してくれた。彼はそのままどこかへ消えた。ぶどう狩りしたいのですが、と近くを通った女の子に声をかけると、カゴと鋏を持ってきてくれ、ぶどう狩りはもうすぐ終わりなので、巨峰どれでも4房1,000円でいいです、奥の方がいいものが残ってますよとのこと。シャインマスカットは? ああ、終わってますね、どこも終わってると思いますよ。

繁茂するぶどう園に足を踏み入れると、先程の青年がどこからともなく現れ、こっちの無地の紙が巨峰、あっちの紙にしるしがついているのがピオーネと説明し、また去っていった。でも結局、我々は(というかHさんが)、園内を歩き廻ったあげくピオーネしか捥がなかった。f:id:guangtailang:20180917090834j:image伊達や酔狂でぶどうジュースをつくる(1,200円)。ミキサーの中にこれでもかというほど粒をどんどん放り込む。液体の口と別に、夾雑物がペースト状になって排出される口がある。f:id:guangtailang:20180917090852j:imagef:id:guangtailang:20180917090901j:imageうららかな農道。f:id:guangtailang:20180917090910j:image持ち帰ったぶどうジュース。Hさんは一口飲んで好みじゃないと言う。ぬるいからじゃないかと思って私は冷やしたあと飲んだが、渋みはなく、かなり甜かった。自然の甜みだけでここまで甜いのはある意味驚異だ。f:id:guangtailang:20180917090917j:image道の駅みかもで買い物し、午後2時頃には東北道に上る。少しの渋滞もなく無事帰宅。

ぶどうジュースは3日を過ぎたあたりから、飲むとぴりぴりとした微炭酸にも錯覚するような酸味を舌に感じるようになった。22日午後、飲み終わる。