川、照り映え

隅田川沿いに住む壮年が綴る身辺雑記

サラダピッツァ

f:id:guangtailang:20180404121655j:plainf:id:guangtailang:20180404121719j:plain2005年7月。その頃ぼくはまだ独身で、夏の土曜日の昼下がり、両親、弟と一緒に買い物に行き、その後食事などしたものだった。

江東区東陽町の東京イースト21に当時あったスーパー、生活創庫(現在はサミットに変わっている)で雑貨を買い、大通りを渡ったところにあるファミレス(名前が思い出せない)でサラダピッツァを食べるのがお決まりのコースだった。いつもよくついてくれる女性の服務員がいて、彼女は当時まだ現役だった栃東、現玉ノ井親方に似ていた。きびきびと客に応対し、両親が向ける四方山話にもおざなりでなくつきあってくれ、ぼくたち家族の誰もが彼女に好印象を抱いていた。サラダピッツァも旨く、時には追加でたのんだ。

その日も彼女がついてくれたのだが、いつもと少し様子が違った。オーダーを受け、てきぱきと料理を運んでくれるのは変わらないが、何か言いたいことを呑み込んで、敢えて寡黙に職務を全うしているようにみえた。100キロの巨漢を誇っていた弟はサラダピッツァをおかわりし、むしゃむしゃとたいらげた。 会計の際、ぼくたちがドアを開けて外に出るまで見送ってくれたが、光線の具合か、彼女のふくよかな頰に翳がさしていた。

次に行った時、ファミレスは閉店していた。

スカイツリーの無い13年前のウレタン敷きジョギングコース。

※追記。友人でピクチュア探偵の異名を取るJH氏が、このファミレスは「スカイラークガーデンズ」ではないかと指摘し、ぼくも個人的に調べたところ、どうやらそうであることが判明しました。店が無くなってもサラダピッツァのファンはいまだにいるようです。